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交渉学(ハーバード流交渉術)とは何か?統合型交渉の考え方や実践例を解説

ハーバードから生まれた「交渉学」とは

近年注目を集めている「交渉学」とは、ハーバード大学のロジャー・フィッシャー教授が1970年代に確立した学問であり、「ハーバード流交渉術」の名でも知られています。
その名の通り、交渉という営みを学問として捉えるもので、決まった大きさのパイを競争相手と奪い合う「分配型交渉」ではなく、互いのメリットを最大化する「統合型交渉」の追求を目的としています。
国家間の交渉から、ビジネスシーンにおける交渉、個人間・家庭内での交渉に至るまで、交渉学の考え方が役立つ場面は多岐にわたります。

交渉学の基礎知識

分配型交渉から統合型交渉へ

交渉と言われて多くの人が思い浮かべるのは、値下げ交渉や労使間の賃上げ交渉など、一方が得をすれば一方がそのぶん損をする「奪い合い型」の交渉でしょう。交渉学では、こうした交渉は「分配型交渉」や「ウィン・ルーズ(Win-Lose)型交渉」と呼ばれ、避けるべきとされています。
そうではなく、互いに協力することでパイの大きさを拡大させ、両者の利益を最大化する「問題解決型」の交渉こそが、交渉学における理想の形とされます。そうした交渉は「統合型交渉」や「ウィン・ウィン(Win-Win)型交渉」と呼ばれます。

例えば、発注元のA社と、下請けのB工場が、部品の発注・納品について交渉する場合。両者ともに単価にしか考えが行かず、A社は少しでも単価を下げたい、B工場は単価を下げたくないといった形で利害が衝突しているなら、それは分配型交渉です。しかし、そこに納期という要件を加え、急ぎの納品とするかわりに単価は維持するといった妥協点を見出せるなら、この交渉は統合型へと転換されます。
このような交渉を成功させるには、互いが本当に欲しているものを把握し、利害が食い合わない形での解決法を探るという考え方が重要です。その前提として、以下に述べる「BATNA」「ZOPA」といった概念を理解する必要があります。

BATNA(不調時代替案)

BATNA(バトナ)とは、「Best Agreement To a Negotiated Agreement」の略で、交渉がまとまらなかった場合に備えてあらかじめ用意しておく代替案を意味します。
例えば、AさんがBさんからパソコンを買おうとしている場合、価格交渉が決裂した時の対応としては、「同型のパソコンを電器店で買う」「ネットオークションで買う」など、様々な代替案が考えられます。この代替案の中で最善の選択肢(ここでは、最も安く簡単にパソコンを購入できる手段)がBATNAであり、これが具体的であればあるほど、交渉を有利に進めることができるといわれています。
仮に、Aさんが「X電器店で20万円で販売されている同型のパソコンを購入する」というBATNAを持って、Bさんとの交渉に臨んだ場合、Bさんが20万円以下の金額は絶対に提示しないとわかれば、Bさんとの交渉は諦めてX電器店に行けばよいわけです。自分の中でBATNAを明確にしておくことで、気持ちの余裕も生まれ、また自分が損をする条件を相手に飲まされることもなくなります。
ただし、BATNAの内容は、交渉相手には絶対に見せないのが鉄則です。もし、Bさんがパソコンを12~15万円くらいで売ってもいいと考えていたところに、Aさんの方から「X電器店では20万円で売っているので、それより安くしてくださいよ」などと言ってしまうと、Bさんはこれ幸いとばかりに「では19万5千円で売ってあげます」などと強気の条件を提示してくるでしょう。
逆に、相手のBATNAを事前に予測できれば、それだけ交渉を有利に進めることもできます。もし、問題のパソコンの下取り価格が10万円を超えることはないとAさんが知っていたなら、BさんのBATNAはそこだろうと当たりをつけ、「10万5千円で買いましょうか」といった提案をすることも可能になるのです。

ZOPA(合意可能領域)

ZOPA(ゾーパ)とは、「Zone Of Passive Agreement」の略で、両者のBATNAの間にある領域のことです。上の例でいえば、AさんのBATNA(X電器店で購入)は20万円、BさんのBATNA(下取り)は10万円なので、この価格交渉におけるZOPAは10万円から20万円の間となります。その間のどこかで合意できれば、Aさんは電器店よりも安くパソコンを購入でき、Bさんも下取り価格より高く手放すことができるので、互いにとってメリットがある交渉となります。
ここで、Bさんのパソコンを21万円で買ってもいいというCさんが現れるなどしたら、AさんとBさんの間にはZOPAが存在しなくなります。価格交渉のような分配型交渉においては、このような場合、両者が合意に至ることはありません。
統合型交渉では、ここに「パソコンを安く譲るかわりに◯◯する」といった別種の要件を付け加えることで、両者の利益を最大化することを目指します。経済学(ゲーム理論)でいう「パレート改善」にあたるものであり、パイを奪い合うのではなく、互いに協力してパイの大きさを拡大するのです。

交渉学が活用される場面

交渉学の考え方は、小規模なビジネスから国際政治の場面まで、様々な場で活用されています。関連書籍などでよく引用される例には、以下のようなものがあります。

ルーズベルトの選挙写真

交渉学が学問として体系化されるより遥か以前、1912年のアメリカ大統領選挙での出来事です。
セオドア・ルーズベルトの選挙陣営は、ある写真スタジオが著作権を有する写真を無断でパンフレットに印刷してしまい、そのままでは数百万ドルの使用料が発生してしまうことに気付きました。そこで、選挙責任者は一計を案じ、「貴スタジオの写真を使用したパンフレットを数百万部配布する予定である。貴スタジオにとっても大いに宣伝になるはずだが、いかほどの謝礼をお支払い頂けるか」との手紙を写真スタジオに送りました。すると、スタジオ側は250ドル支払うと返答してきたのです。
これは、著作権使用料という単一の視点から脱し、選挙活動への協力によるスタジオ側の宣伝効果という新たな要件を持ち込むことで、両者のメリットを最大化してみせた統合型交渉の事例です。

JALの経営再建

労使交渉は一般的に、企業側と従業員側が一定の大きさのパイを奪い合う分配型交渉の代名詞とされています。しかし、2010年のJALの経営再建事例では、異例ともいえる統合型交渉への転換がみられました。
経営再建を使命としてJALの会長に就任した稲盛和夫氏は、経営側と組合側との間に信頼関係が出来ていなかった従来の状況を変えるべく、徹底して経営情報をオープンにし、現場の小集団が正しい情報をもとに自ら考え行動できる体制を整えていきました。さらに、大幅なリストラ策に不満を訴える社員に対しても、懐柔するでも脅すでもなく、ひたすら会社の窮状を淡々と伝えることで理解を求めていきました。その結果、各自が経営マインドをもって自社の現状を正しく捉えるようになり、パイロットの人件費を4割カットしても組合がストライキを起こすこともなく、2年後の2012年には2049億円の営業利益を上げ、東証再上場というV字回復を成し遂げました。
これは、大義を共有する「仲間」として労使間の関係を築き直すことで、労使交渉をウィン・ルーズ型の関係から、互いの協力で価値を生み出すウィン・ウィン型の関係へと転換させた事例といえます。

交渉学を学べるオススメ書籍

交渉学に関する本は多く出ていますが、基本の考え方を学ぶには以下がお勧めです。

『交渉学ノススメ』(日本交渉協会、生産性出版、2017年)

「交渉アナリスト」資格の認定機関であるNPO法人・日本交渉協会による入門書です。交渉学の歴史から、基本概念、実践モデルまでが易しく解説されています。

『ハーバード×慶應流 交渉学入門』(田村次朗、中央公論新社、2014年)

フィッシャー教授の教えを直接受けた著者による入門書です。交渉学の基本や、ビジネスやマネジメントにおける実践法などが解説されています。

『実践!交渉学 いかに合意形成を図るか』(松浦正浩、筑摩書房、2010年)

交渉学の基本に加え、多くのステークホルダーとの交渉や、社会的合意形成についても解説されています。

参考

  • 日本交渉協会(編)『交渉学ノススメ』生産性出版、2017年
  • 田村次朗『ハーバード×慶應流 交渉学入門』中央公論新社、2014年
  • 松浦正浩『実践!交渉学 いかに合意形成を図るか』筑摩書房、2010年